質問1
あなた方のやっている、著作権の侵害を許さないという主旨は、理解出来るが、結局金銭で解決するという解決法は嫌だ。 金銭目的の裁判には賛同できない。
加藤 直之
もちろん金銭的問題はあくまでも相手の反省を促す二次的なものにしかすぎません。
裁判で勝ち取れる金額は、そのためにかかった手間や費用を考えると 微々たるものだと思いますし、その時間があったらふつうに仕事をしたほうがずうっと儲かると思います。むしろ金銭面で考えたら大いに赤字でしょう。
実は出版の世界では、著作権侵害の大きな裁判は、30年程前に集中しました。当時、今の現行著作権法が制定されてから後も、業界は「買い取り」という悪しき商慣習がはびこっており、多くのトラブルを引き起こしていました。それが、絵描きの中に実際に裁判を起こす勇気を持った人達が現われ、結果、美術の著作権が出版の世界で大いに認められることになったのです。(その勇気をもった人達が今の美術著作権連合を設立したのです)
賠償金の金額が、当時のお金で二千万円と業界の関心を引く理由充分だったこともあって(^^;) 良識ある大手出版社はその後、理解を示してくれたのですが、残念ながら情報は新聞や雑誌でしか伝えることの 出来ない時代。せっかくの結果や体験も当事者だけのものにしかなりませんでした。
具体的には。コンピュータゲームの業界、法律に疎い弱小出版社。過去のトラブルや体験を生かすことの出来ない業界や会社が生まれてくる。そんなトラブルにぼく自身巻き込まれながら、そして友人のトラブルの相談にのりながら...。ぼくが所属している出版美術家連盟が、美術著作権連合に参加していることをぼくは全然知らなかったのです。
目的は複数あります。
財産権、人格権、そのどちらの侵害も許さないこと。
そして、それを情報として蓄えるだけでなく、世に広く知らしめ、 次なるトラブルを防ぐこと。
そして美術著作権連合という組織を大いに利用すること。
塚崎 健吾
主旨をご理解いただき、ありがとうございます。けっして金銭目的ではありません。ただし、AG出版にペナルティを与えるという意志表示をするには、金銭請求と出版差し止め要求しか無いと考えます。
訴訟を起こして、もしAG 出版から賠償金を得たとしても裁判費用を満たせる金額があるかどうか疑問です。我々連名人は、この問題を自分たちの義務ととらえまた、勉強でもあると考えています。この問題解決ために結集して、HPをつくりPATIOで話あっている時間的労力的損失を金銭換算をしてみてください。この問題に眼をつぶって、自分に与えられた仕事をしていたほうが何倍もワリがよいと思います。
我々は、デジタルデータだから自由にコピーしても良いだろうとか、一度手にしてしまえばどう扱おうがこちらのかってで、出版してやるのだからだまっておれという対応に怒っているのです。これをそのままにして、それが普通のことになってしまってはいけないと声をあげているのです。
この問題をアッピールして、さまざまな人たちに知ってもらうことは、裁判以上に、効果的かも知れないとも考えております。 何か、より良い具体策がありましたら、どんどんご意見を寄せて下さい。 よろしく、お願いいたします。
飯田 HAL
いざ裁判というと、裁判官にもよるでしょうが、金銭的問題へ展開した方が解決が早いと考えた判決へと導かれるような気もします。もちろん、それを望んでいるのではないと言う姿勢を最後まで貫き通す事で、AGの全面的謝罪を関係業界に知らしめ、著作権を侵害されていても他人事であるふりをする人達にも問題意識を植え付けられることを望みます。
判決が金銭問題に置き換えられたとしても、それがどの様なペナルティーになるのかが問題ですね。また、それを関係者に知らしめることが出来るかどうかで、賛同者を増やせるかと言うことにも、、、。
平田 弘史
この「AGパティオ」を開設した真の目的は「デジタルで作品を作って生活してゆく、アーティストの生活権の保護」なのです。
「AG出版と裁判して勝つ」事が目的なのではありません。これは過程上の事でしかありません。 「デジタルで作品を作って生活してゆく、アーティストの生活権の保護」を出版社及び関係各方面へ広く認識して頂くためには、「AG出版と裁判して勝つ」事にならなければ、世間は認めないだけのことです。 だから、アーティストなら誰しも「デジタルで作品を作って生活してゆく、アーティストの生活権の保護」を望むでしょうから、この「AGパティオ」を開設して、アーティストや、これに関わる人々の賛同、参加を呼びかけている訳なのです。 この呼びかける作業だけでも、呼びかけ側が今日まで、 多大な時間と心労と相応の出費を使うのも 「みんなで力を合わせてゆかなければ、 みんなも、 デジタルで作品を作って生活してゆく、アーティストの生活権の保護」 この、目的に辿り着けないと、言うことの為でも有るのです。
強引無理に賛同参加しろと言うものではなく、すべて自由意思によるものなのですから、私はタイアップでやります、私のは作品と呼べるものではないですからと、不参加をされるのも、一向に構わない訳です。自由意思ですから。
自分も含め、皆が(アーティスト界)が 少しでも良くなる方向とは何か? 段々と、お考え頂けると平田弘史は嬉しく存じます。
お問い合わせ先:AG出版問題緊急対策本部